« 白米、米麹および水だけを原料として製造した | メイン | 酸素欠乏症 »

阪神・淡路大震災によって甚大な被害を受けるが

1995年(平成7年)には阪神・淡路大震災によって甚大な被害を受けるが、約2ヶ月後の3月20日には摩耶埠頭でコンテナの積み下ろしが再開される。2年後の1997年(平成9年)3月31日には全面復旧し、5月19日に神戸港復興宣言が出される。

しかし、神戸港の隆盛を支えて来た瀬戸内海、および、韓国・中国から小型コンテナ船(フィーダー船)などを介して集められ、北米・欧州方面の大型コンテナ船(母船)に積み替えられるトランシップ貨物は港湾施設が復旧しても再び神戸港に戻ることはなかった。
ダイエット日記に挑戦
スキューバダイビングを楽しむ生活を!
ゴルフパークへようこそ!
おもちゃの小部屋
スターライトのカーマニア
ガーデニングの箱
かわいいネイルでオシャレ
キャリアセンターのカッパさん
キャンプねっと。ファミリー特集!
おしゃれな女性ファッション
クチコミグルメランキング
くるくるクーポン情報
ゴルフに連れてって!
てのひらでDVDポータルぴあ
とっておきのアウトドアスポット
マーメイドの観光農園視察
インターネットストーリー
マイホームの掃除術伝授
ママの携帯電話アリーナ
モデルのポンポン活動報告
ルーキーのグルメ食べ歩き!
仮面自動車視察ツアーの案内

近隣アジア諸港から集荷していたトランシップ貨物は、アジア諸港のコンテナターミナルが急速に拡充され始めたことで、すでに1990年代初めから減少傾向に転じていたが震災によってトランシップ機能が韓国・釜山港などにシフト。加えて、震災を契機に瀬戸内の中小港湾の国際コンテナ貨物もその多くがコスト面で有利な釜山港でのトランシップに切り替えられた。神戸港の全コンテナ取扱個数に占めるトランシップ貨物の比率は震災直前の1994年(平成6年)で31.6%あったが、2006年(平成18年)にはわずか1.6%まで激減。今日、国内外のコンテナハブ港湾としての機能はほぼ失われてしまっている。
現在、国際海運の主流である長距離国際コンテナ航路(基幹航路)は、投入コンテナ船の大型化で年々世界的に寄港地が絞り込まれる傾向にある。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.ezjcpf.biz/blog/mt-tb.cgi/1154

About

2009年07月03日 01:16に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「白米、米麹および水だけを原料として製造した」です。

次の投稿は「酸素欠乏症」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35